私は南極の大地に立っている。
聖地とは言わない。
我々にとっての終わりと、そして始まりの地である。
私はいよいよ現世の輪廻から解放されるのだ。
氷の下に数人、人の姿が見える。
視界が及ばない深さには、きっと、さらに多くの。
偉大なる先達の頭上を跨ぐわけにはいかない。
千日回峰業なり、四無行なり、厳しい修行を求めるそれこそが迷いである。
それをふまえてなお、より厳しい修行が尊ばれ、挑戦者が現れる。
思うに、悟りを開き続ける状態は、ほとんどの者にとって耐えがたい苦行。
耐えがたい苦行であるにもかかわらず、得体が知れない。
それは弱き気存在である人にとって、不安ないしは恐怖をもたらす。
したがって、定義された苦行に救いを求める、その気持ちを否定する気は毛頭ない。
苦行を達成することによって、心が安らかになるならば、それはなにより、なによりなのである。
ヒロ
私は不意に名前を呼ばれた。
案内人の大男、2メートルはあるかな。
「君はまだ若い。やっと50歳を超えたばかりと聞いている。本当に心残りはないのかい?」
「ないね」
「今やりたいことは?本当にないのか?」
「私が、私であることだ」
「ヒロならば、戦火がなくならない秘密を解明できるのでは?私は人をだまし殺すのが仕事で、私の仕事がなくなればいいと思っている。」
「そんなに不思議かい?」
「?…ああ、不思議だ。人は戦争の悲惨を経験して、学んでいるはずだ。なのにだ。」
「学んでいる?」
「そうだ」
「人類は、戦争を経験して、そして、人類の総意として何も学んでいない。」
「戦火をかいくぐった後、総意として求めたのは力だ。なぜなら、恐怖に打ち勝てないからだ。兵器は人の恐怖が形となったものだ。」
「私はそれがおかしなことだとは思わない。」
「戦争を肯定するのか。」
「肯定はしないが、戦争を完全に取り除くのは、不可能に近いだろうなぁ。」
「では、あなたは心理を得た今、人類を見捨てるのか。」
「私が知っていることを言うならば、恐怖は生き物であるが故、切り離せない感情だ。もし、切り離せたならば、生き物ではない存在を最終的に得ることになる。今から私がそうなるようにだ。私は終わり、そして始まるのだ。次の次元の真理の探究が、私はこの世から見る天国に行き、そして同時に私の新しい地獄となり、新たなる輪廻転生の無限を旅する。」
「ヒロ」
「うむ」
「君が住む世界、概念は、私にとって恐ろしい。私はこの世界がよりよくあってほしい。」
「私は家族を愛している、隣人を愛している、我が国を愛している、地球を愛している。そして、私の手は血まみれだ。」
「具体的には、何が望みなのだ。」
「さしあたってはAM(Artificial Malice)の対策だ。」
私は180度、向きを変えた。
「それはイタチごっこになるが、イタチごっこの組織及びシステムは構築し得ると考える。それでよろしいかな?」
「そう、それが現実的な着地点だろうか。」
「AIは言わば5GLだ。機械語から始まり、プログラム言語は1命令当たりの命令数は指数関数的に大規模化した。それはハードウェアの進化、演算性能の向上に支えられている。10年前には計算不可能問題であった方式が通用するようになった。それがAIの正体で、ブラックボックスが巨大化したが故4GL以前からもトップコーダー、ウィザードが気付いていた弱点がより深刻に存在する。」
「引き受けてくれるか。南極のこの地に立つと決めた君には、もはや興味のないことであるとは承知しているが。」
「修行のうちだ。3年、3年、君の為に全力を尽くそう。」
私は、氷の下の先輩方に一礼し、南極を後にした。