仮に彼の名を緑青としよう。
彼は恐ろしく腕の立つスナイパーであった。
「私は職業軍人としては失格なのです」
緑青はやっと口を開いてくれた。
彼はレストランで評判の悪いウェイターをやっている。
のろまで気が利かないと。
除隊してから8年近く、体重は倍以上になったし、パンツの後ろにはカナディアンウィスキーのボトルを挟み込んでいる。
部屋は汚いが、冷蔵庫以外に家電は特に見当たらず、ビーズクッションに座って飯を食い、酒を飲み、酔いつぶれて寝ている。
銃は持っていない。
「職業軍人はいかに効率よく作戦を成功させるかが仕事、その過程で殺人が必要ならば、そう、シェフがジャガイモの芽を包丁の顎で取り除くように、手際よくそれをしなければならない。」
「君はそれができた。世界で最も優秀なスナイパーの一人と言われていたからね。」
「たが、私にはくだらないロマンがあった。」
「私は2マイル先からターゲットの命を奪う。私はターゲットの情報を、セックスの癖まで頭に叩き込んでいた。だが、ターゲットは私の存在すら知らない。私は安全なところから、引き金を引く。たまさか才能を得て、その特権を手に入れてしまった。私の名も、私の仕事も公にされることはない。」
「長距離ミサイル、ドローン、爆撃。徴兵され、厳しい訓練を受けているときは、そこまで軍事に人道のかけらもないなんて思いもしなかった。筋肉隆々の自分の姿を、鏡で見たときはね。」
「それでも君は引き金を引き続けた。」
「勉強もできないし、スポーツもからっきし、なにやってもへまばかり。高校生の時、親戚が旅行に行くというので、家の鍵を預かり犬の世話をしたことがある。1日10ドルだったかな?」
「シャンプーを痛がった犬が、花瓶でも割ったのかい?」
「いや、逃げられた。そして、車に轢かれてしまった。従妹のお気に入りで、ひどく泣かれてしまったよ。」
「そんな私が無双の存在であると、そういうことになった。その地位を握りしめてしまったのは、欲からだ。」
「セルフブランディングは悪いことではない。チャンスをつかむこともね。」
「ある日、日本のマンガを読んでいたんだが、KATANAのTATSUJINが刀を捨てる話でね。無刀の境地に至るんだ。君は日本人だから漢字は詳しいかな。CHIKARAとKATANAという漢字があって、とてもよく似ているんだ。力から頭を取ると刀。すなわち力を崇拝するということは刀を枕に眠るということ。」
「なるほど」
「私は生来無能。だから、銃を捨てて、その結果すべてを捨てることになる。その決断ができた。」
「MOTTAINAI」
「MOTTAINAI?」
私は持参してきたケースを開き、彼が使っていたL115A3を見せた。
「私にはもう、それは必要ない。」
「ああ、わかっているし、それでいいと思う。ただね、君に否定されたこの銃、これはいったい何なのだと思うかい?現役復帰をしろなんて間違っても言わないから、一回だけ銃を手にして構えてみてくれないかい?」
緑青は以外にも無抵抗にうなづき、てきぱきとスナイパーライフルを組み立てて構えた。
そして、笑い出した。
延々と、3分は笑いが止まらなかったろうか。
私は穏やかにその様子を見ていた。
「この銃、いくらで売ってくれる?今は金がないけれど、必ず支払うよ。」
「気に入ってくれたのなら結構。それは君の相棒だ、金は要らないから、君のそばに置いてやってくれ。」
「私にはもはや以前の腕はない。10m先のドラム缶なら、なんとか当たるかな?知識も感も失ってはいない。だが、以前と同じことはもう、絶対にできない。言語とは、はなはだ不完全であり、知識とは学習しただけでは不十分なんだ。実践できてこそ初めての知識。私は今や座学を知るだけの、口先だけの男だ。」
「がっかりしたかい?」
「いや。私は狙撃の達人となり、銃を捨て、結果人並みになった。だが、私は再び達人になりたいとは思わない。たどり着くべきところにたどり着いた、そう思っている。」
「そうか」
「酒はやめる。明日からジョギングをして、たまにこのライフルを打ちに行くよ。へたくそな狙撃手としてね。もう二度と大冒険はないけれど、このライフルも私の一部だ、存在は拒絶しないよ。」
「あー、素晴らしい決断ではあると思うが、多少の冒険にはなるであろう将来の話をしてもいいかな?」
私は彼に、私がプロジェクトを去った後、随護断を背負ってくれないかとオファーをした。